八
(俺ァ、甘かった)
土方は、ぼんやりと天井をみつめながらしみじみと思った。
大したことはないと言ったのに、山崎と千鶴によって無理矢理寝かされた土方はその後屯所に戻って来た近藤に静養を厳命されてしまい、副長自ら局長の命令を逆らうこともできず渋々布団に潜っている。まぁ、最近寝不足が続いていたからちょうどよいのかもしれない。しかし、立ち眩みを起こした原因が原因だけに素直によかったなどとはとても思えないのであった。
まさかの展開である。予想外もいいところだ。
土方は寝転んだまま、ブツを持ち帰った山崎の顔つきと何もしらない千鶴の心配顔を思い浮かべた。
山崎には、苦労をかけた。本当に、そこまでひどいことになるとは思わなかっただけに本当にすまなかったと土方は思う。任務で色々と無理をさせてはきたが、これ以上に辛い任務はなかったであろう。あの山崎が、疲れました。と、いう顔つきでブツを持ち帰った時に察してやればよかった。あとで、癒労するべきだ。黙って酒を送るのと、休みを与えるのとどちらがいいか。それは追々考えることにしよう。
山崎のことは、まだいい。問題は、千鶴だ。
(確かに、護衛を命じたのは俺だよ。いくら近藤さんが賛成したといっても、最終的にあいつに任すと決めたのは俺だ。責任は俺にある)
少し考えなかったわけではない。
見かけによらず、斎藤は若い。千鶴の相手ということで考えればちょうどよい年齢差であるといってもいい。だから、斎藤が千鶴をいわゆるそういった対象でみてもおかしくはないとは思った。ただでさえ、千鶴はかわいいのだ。素直で、真面目。正直、新選組副長なんて立場でなかったら、妹ができたと溺愛したと思う。千鶴は、本当に絵に描いたような少女だ。こんな男所帯では毎日がきっと不安だろう。護衛役として傍にいる男を頼りに思ってなつくことは最初からわかっていた。あんなかわいらしい娘になつかれて、何も思わない男などいないだろう。
だが、斎藤は真面目な男であった。任務に忠実ゆえにそういった方向に転がらないだろうと踏んだ。それが斎藤一という人物であるからだ。
(俺は、千鶴を守れる男をつけたつもりだったんだが)
近藤もそのつもりだった。もっとも、近藤は将来的に斎藤が千鶴を娶ったらいいと思っていての行動でもあるようだったが。それだって、斎藤一という男を信頼していたからである。
それが……。
土方は、寝転がったまま手を伸ばして机の上に放置されっぱなしだった、平隊士所蔵の『秘める恋』を開いた。読むのは苦痛である。だが、これを普通の男女物として読むと斎藤の行動の理由の一端は理解する。理解するが、頭が痛い。
「千鶴を連れて遠くに避難したほうがいいのか? なんつーか、千鶴っていうよりも俺が逃げたい……」
目が遠くなった。斎藤による力作はとりあえず山崎の手によって元に戻されている。あの斎藤が紛失に気づかぬはずはないからだ。
「しかし、あいつ……そんなに千鶴が好きなのか」
たぶん、斎藤に問いただしても真顔で任務の一環ですとかいうに決まってるが。
突っ込みどころ満載なのだが。
まず第一に、あんなふうに『秘める恋』に加工を加える必要性がまったくない。
なおかつ、何故それを隠し持ち土方の命じた任務を完遂しようとしないのか。
だが、きっと斎藤は真顔で言うだろう。
伊東派の動きを内偵するためには、必要と。
あの男。本気でそう思っているあたりが、怖い。予想はつく。千鶴に関心があるように見せかければ、伊東の信頼を勝ち取ることが容易になるとか言い訳をしてるに決まっている。それが言い訳だってことに、全く本人が気づいてないだろう。
しかし誰が見たって、伊東の腐れ本だけでもいいから千鶴といちゃつきたい一心だ。
好きなんだろうな。とは、ずっと思ってた。あの斎藤が、一人の少女のためにあれやこれや似合わないことをしているのは土方も知っている。
それはそれでいいとさえ思ってた。なにせ斎藤だ、最終到達地点まで行くことはないだろうと思っていたからだ。
しかし、甘かった。
本当に、甘かった!!
(しかも、新章では原田まで出て来てやがるし)
斎藤は、これを読んで心は乱れまくったことだろう。斎藤の中では、この話は女の子の千鶴をめぐる青年たちの争いだ。原田は文句なしの色男である。暴走がさらに暴走することは、想像に難くない。
(斎藤、何故お前は違う意味での最終到達地点に行っちまったんだ?)
色々びっくりだ。
びっくりしすぎて、立ち眩みを起こしたほどに。
寝がえりを打つ。
布団に潜り込みながら土方は、大きく息を吐いた。
(しばらく千鶴を俺の傍から離さねぇようにすることと、やっぱりあの件は斎藤に任す)
この際、非情とか思われてもいい。千鶴が寂しがって泣くだろうが、仕方ない。
なぜならば。
(間男がそんなに嫌だったのかよ、斎藤よ!!俺の名前を消して手前の名前を書くとかお前何やってんだよ!!そんなに千鶴が好きなら、目の前にいる本人を口説けよ!!!!たぶん喜ぶぞ!!)
いろんな意味で涙が出そうだった。
斎藤の恋に文句はない。斎藤ならば、土方だって祝福できる。斎藤は男からみても良い男だ。千鶴を大事にしてくれる、それはよくわかる。
だがしかし。
問題ありすぎではないか。
(近藤さんには、絶対に知られちゃならねぇ)
知ったら、綱道さんに申し訳ないと切腹しかねない。
井上も駄目だ。怒れる源さんは一番怖い。
さらに、沖田は話を余計にややこしくしそうだし千鶴のことだから本気で怒るかもしれないので、あいつも駄目だ。
まずは、対策を考えねば。そのためには、誰か。誰かを仲間に引き入れねば。土方は、綺麗な顔をしかめて考える。あまりに必死になりすぎて目が血走っていた。
「原田左之助しかいねぇ!」
土方は決意した。
こんな馬鹿らしくも、深刻な問題に対するには色男の助けが必要である。
もうなんか一人で苦しむのは嫌だった。
布団を蹴りあげ、寝巻のまま土方は部屋を飛び出した。
「ハラダァァァァァァァァ!!!!!」
元々美しい顔の土方が、鬼気迫る様子で駆けてゆく姿はもうそれだけで怖かった。
ヒッ。と、数名のたまたま出会ってしまった平隊士が廊下の壁に張り付いたのも無理もない。
「あ、あの。土方さん……?? 俺、何かしたか??」
引き攣った顔で戸惑う原田を捕まえて、土方は黙って副長室まで引きずっていった。
「なぁ、新八っぁん。左之さん何やったんだ? さっきも一君に目の敵にされてたよな?」
「さぁ。島原のねぇちゃんを横取りしたとかじゃないのは確かだな」
「そりゃそうだろ、土方さんも一君も新八っつぁんじゃないんだから」
「そりゃ、どういう意味……?!」
「!!」
連れ去られた原田を見送っていた、永倉と藤堂は驚いて振り返る。
今、何かものすごい気配を感じた。
「今の、何?」
「知らねぇ……」
寒気がするのか、二人は腕をさすりながら首を傾げる。
しばらくして、何となく二人は頷き合い。
「暖まりに行こうぜ、平助」
「おうよ」
薄情にも飲みに行くことに決めて、その場を離れて行った。
「……ふふふ。土方さんったら、嫉妬に狂った姿も素敵ですわ」
物陰から現れた伊東は、辺りに人がいなくなったことを確認して、懐から書きつけ帳を取り出した。そこにサラサラと書きこむ。
土方、嫉妬、絶叫、原田、監禁
「燃えてきましたわ!」
足取りも軽く自室へと伊東は消えていった。
続く
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えーと。言い訳の言葉もありません(土下座)
斎藤さんのやっちまったアレとはこのことでした。
斎藤さんは別に気持ち悪い趣味の持ち主というわけではありませんよ。
あくまで、「隊務の一環」なのです。
友達と京都でこの話になった時、笑いすぎて酒を噴くかと思いました。
私、本当に斎藤さん大好きなのですが信じてもらえないかもな…と、思います。
笑って流していただけることを祈っています。
ここまで読んでくださってありがとうございました。