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藍華

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髪紐事件(斎千)

時系列的には、千鶴ちゃんが新選組預かりとなってすぐのあたり。
「はじまり」で世話役が局長と副長の間で決まった斎藤さん視点のお話です。

【髪紐事件】


 

「頼みてぇことがあるんだが・・・」
いつになく歯切れの悪い土方の口調に斎藤は内心首を傾げた。暗殺任務すら躊躇することなく平然と命じる土方らしくないこの態度。これはよほどのことらしい。そう、気を引き締めた矢先に聞かされた任務に斎藤は唖然とすることとなる。


「綱道さんの娘の千鶴の・・・世話役。そいつを命じる」


意味は、理解した。命令に理解できない言語は何一つとしてなかった。だがしかし。
物問いたげな目で土方を見れば、土方は質問に答えたくなかったのか目をそらす。
「他に適任がいねぇんだよ。考えてもみろ、年若い娘が一人でこんな男所帯で生活するほうが難しいだろ。どう考えても、面倒見てやるやつが必要だろうが」
「それは、わかります。しかし、何故(なにゆえ)」
斎藤なのか。どう考えても、自分が適任だとは思えなかった。無愛想な自覚がある。女にすれば怖いのではないか。さらに、若い娘にしてやるべき気遣いなど自分ができるとは全く思えない。第一、女と深く関わったことなど斎藤の短い人生の中で一度もない。ゆえに、どうすればよいのかすらわからぬ。
だが、土方は言う。
「無理矢理男装させた上、新選組で軟禁。そして、世話役が総司? ありえねぇというか、駄目だろ。どんな人でなしの集団だ、俺たちは。原田の奴は面倒見はいいが、異性はまずい。あの男の女遍歴を考えてもみろ。どう考えたって危険極まりないだろうが。平助は、そもそも誰かの面倒みてやるってのが問題あるし、あの娘への反応がお前は思春期のガキかよ。ってな感じだろ、任せられるわけがねぇ。残りは新八だが・・・あいつに気遣いを期待するだけ無駄だ」
ひどい言いよう・・・特に原田に関しては完全に自分を棚にあげているとしか思われなかったが、おおむね斎藤も同意する。
「確かに。しかし、俺は」
「斎藤。無理だと思える辺りが、お前が一番マトモなんだよ」
面倒くせぇことを頼んで悪いんだがよ。と、続けられてしまうと土方を尊敬してやまない斎藤には拒否できない。
斎藤は観念するように軽く一度、目を閉じてから承諾の意を示すと、土方が、ほっ。と、したように息を吐いた。
「あいつは基本的には、部屋から出ることができねぇ。そう難しいことにはならねぇとは思う。さしあたっては、総司あたりが妙なことをしねぇか気を配ってやってくれ」
「わかりました」
話はこれで終わりらしいので、退出しようと腰を浮かせたときに土方が声をかけてきた。


「お前に限ってないとは思うが、手ぇ出すなよ。大事な預かりもんだからな」
「・・・・・?!」
思わずこけそうになった。だがそこは普段から鉄壁の理性を誇る斎藤である。何事もなかったかのように小さくうなずいて、無表情のまま・・・内心は暴風吹き荒れていたが・・・土方の部屋を辞した。





土方の部屋は一番奥まったところにあり、そのすぐそばに千鶴の部屋がある。
挨拶してゆくべきであろうか。いや、しかし。いきなり、お前の世話役だと言われても千鶴が困惑するだけであろう。しかも、まだ任務がいかなるものか斎藤自身が掴めていない。説明を求められても返答に窮するだけである。まさか『野郎どもから貞操を守るため』などと女に向って言うわけにも・・・。

(ま、待て。何故そこに行き着くのだ。それは極論というものであって、副長は身の回りのことを気にかけてやれと俺に命じただけだ。だが、先ほどのお言葉。手を出すなとはさすがに驚いたが、そういう可能性もあるからこその発言なのだろう。・・・お、俺がというわけではない。あくまで一般論だ。俺は別にあの娘が不憫だとは思うが、特別な感情など抱いてはおらぬ。か、かわいらしいのは認めよう。・・・・世間一般的な目でみれば、だ。他意はない。だが、他の者は俺のようにあの娘をなんとも思っていないとは言えない訳で、邪な目で見る輩もいるやもしれん。邪でなくとも、総司などはいじめて遊びそうな気がする。絶対にしそうだ。やはり、世話役たるもの常に彼女のそばにあるべきではないのか)

そうだ、そうしよう。
世話役とは何をするのか。と、いう質問の答えから大きく離れた解答を見出したことに斎藤は気付かず、任務だから。この一点だけで、先ほど通りすぎたはずの千鶴の部屋へ戻ろうと決めたところで、斎藤は驚きに目を瞠った。
長い廊下の突き当たりにまでいつのまにかきていた。そのどん詰まりの壁に向かって、自分は己との対話を試みていたらしい。ぶつからなかっただけマシか。と、表情を変えることもなくクルリ。と、斎藤は回れ右をしその場を去る。
それを見た藤堂が『一君が壊れた』と、評したのを彼は知らない。







「あれ、一君。見張り役は僕のはずだよね」
千鶴の部屋の前で猫のようにゴロゴロしているのは、沖田である。見張り役にしては寛ぎすぎなその態度に斎藤の眉間に軽く皺が寄る。
「副長の命令で、雪村の世話役に任じられた。彼女に用がある。通せ」
「彼女、千鶴ちゃん。土方さんの小姓になるはずだよね。なんで君が世話役になるとかいう話になったの」
「副長はご多忙だ」
それ以上も、以下もない。
「ふぅん。忙しい、ね。だったら一君もそうじゃない。組長だし、土方さんに頼まれる【別口】の任務だってあるんだから僕より忙しいはずだよね?」
替わってあげようか。沖田の言葉に斎藤はため息をついた。この男に任せたら大変なことになる。雪村千鶴が心労に倒れることは想像に難くない。あまりも、憐れだ。
「これは俺の任務だ、どけ」
「嫌だっていったら?」
楽しげに言う沖田を綺麗に無視して、寝ころぶ沖田を斎藤は踏みつけて千鶴の部屋の障子に手をかけた。




「雪村」
「きゃっ?!」
「・・・・・・!!」


声をかけずにいきなり部屋に入られて驚いた千鶴は、その手にあった髪紐を放り投げた。大きな目がじぃ。と、斎藤を見つめる。
斎藤もそんな千鶴を見下ろしていた。
すぐに謝ったほうがよいのはわかっていた。だが、いまの斎藤にはそんな余裕はなかった。相手が女性であることに対しての心構えができていなかったのだ。彼女が髪をおろしている。高く結っているときには、まずい男装ではあったがなんとか少年の空気を醸し出していたからそこまで意識して考えたことがなかったが、艶やかな黒髪が肩にかかっている姿はどこからみても若い娘そのものであった。
「なに固まってるの、一君。・・・・あぁ、なるほど。千鶴ちゃん、やっぱり女の子だねぇ。ふぅん、女を武器にして逃げようっていう算段でも立ててるの? 無駄なことをするね、斬っちゃうよ?」
「ち、違います! き、昨日からずっと結いっぱなしで紐が緩んでしまって・・・結びなおそうと」
慌てる千鶴が面白いのか、沖田は慌てるなんて図星じゃないの。と、千鶴をからかって遊んでいる。
止めるべきなのだろう。ぼんやりと斎藤は考えた。しかし、別の問題が気になっていた。世話役として、彼女の不利となることをできるだけ取り除いてやる必要がある。
任務だ。
 


「結んでやる」

 

この姿を幹部以外に見られてはまずいだろう。早く結ばせなくては。
「えっ? あ、あのっ、斎藤さん??」
千鶴がびっくりして顔を赤らめた。赤くなる理由がわからぬ。硬直している千鶴を無視して、畳の上に落ちている髪紐を取り上げ、千鶴の髪に手を伸ばす。
サラサラとした千鶴の髪をまとめあげ、高い位置で髪紐で止める。
柔らかな髪の感触はとても気持ちがよかった。ふんわりと甘い香りもするような気がする。その匂いに誘われるように結いあげて露わになった白いうなじに目を向けて、今度は本当に頭が真っ白になった。


「・・・・・・ッ。終わったぞ」
「あ、ありがとうございますっ」
千鶴は首まで真っ赤に染め上げて小さくなっている。自分のした行為は、全くの善意だったはずなのに、妙に気恥しいのは何故だ。
互いにきまづくなって固まっていると、第三者がおおげさなため息をついた。


「・・・・一君ってさ、もしかしてむっつり?」
「なっ?!」

絶句。何故、そのようなことを言われねばならぬのか。憮然として沖田を睨むが沖田はニヤニヤしているだけである。
「だってさ、今の。年頃の女の子の髪を触る口実にしか思えないよ。いいなぁ、僕も触らせてもらおうかな」
「総司」
再度睨みつけると、嫌だなぁ冗談だってば。あははは。と、上っ面だけ爽やかに沖田は笑う。だがその目が全く笑っていないことに、斎藤は心の底からうんざりした。
(総司に、行動の理由を説明しても仕方あるまいな)
斎藤は沖田を放置することに決め、本来の用事を果たすべく千鶴に向き直った。
千鶴は、沖田と斎藤の話題に自分がのぼっていることが恥ずかしいのかまだ顔を赤くしたまま、どうしたらよいかわからずオロオロしている。
(こんな場所に閉じ込められて、塞ぎこんでいたであろうから気晴らしにはなったのか)
それがこのようなくだらぬやり取りだったとしても。ならばいい。と、ばかりに斎藤はふっ。と、僅かに口許を弛ませた。千鶴がそれを目撃して、目を丸くし耳まで桃色に染め上げる。
その反応を不思議に思いつつ、斎藤は告げるべき言葉を告げた。
「あんたにとっては不本意だろうが、俺が世話役に任じられた。何か困ったことがあれば、俺に言え」
「えっと・・・?」
わからぬのか。
いや、困惑しているのか。
「とはいえ、あんたはこの部屋から自由に出ることもできぬ身だ。俺が世話することなどほとんどないだろう。部屋の中で不自由することがあれば言うといい」
「あ、はい」
「わかればいい。俺は、隊務に戻る」

よし、挨拶は終えた。と、ばかりに斎藤は部屋を出てゆく。その背中に千鶴が声をかけた。
「さ、斎藤さん! お世話になります」
斎藤は、少しだけ振り返って小さく頷いてやった。





 

斎藤が千鶴の世話役になったという知らせは、沖田によって速やかに幹部たちへ広まった。それはいい。別に隠すことでもなんでもないのだから。
ただ、何故。皆が皆。しばらく斎藤を生温い目で見るのかがわからない。
首を傾げる斎藤に、教えてやれる勇気のあるものは誰もいなかった。真実を知れば斎藤は愛刀に手をかけることは明白だったからだ。


 

斎藤は、むっつり



そんなことが、沖田によってあることないこと付け加えられて喧伝されているとは夢にも思わない斉藤であった。


 





 







毎回。あの頃の新選組の屯所ってさ。八木邸と前川邸だからそんなに広くないよね。と、思うんですがゲームではとても広そうです。
斎藤さん天然です。新作ゲームやドラマCDが出るたびにその天然に磨きがかかっていると思うのは、私だけではないはずです。石田三薬を信じてやまない話など、腹がよじれるかと思いました(笑いで)
そんな天然の斎藤さんは、千鶴ちゃんへの恋心に気付くのはうっかり会津の直前ぐらいですよね?
御陵衛士時代ぐらいには、無意識下では好きだとは思うんですが気付くのは遅すぎだろうよ。ってぐらい遅いと思うよ。
だから、この時期に千鶴がかわいいとかおもうわけないなとは思いますがそこは妄想でカバーです。

ここまで読んでくださってありがとうございました!
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